天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


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昼食に利用する客もあるのでと、
駅前ほど繁華なところではない中通り沿いながらも、
昼前から営業している 鉄板焼きともんじゃのお店。
今時にはちょっぴり古めかしい
木枠のガラス格子の引き戸をきゅるると開ければ、
芳ばしい焦がし油とソースの香りがし、
使い込まれた鉄板がはまったカウンターの席と
その向背側の壁沿いに座敷席が4つほどという、
いかにも下町のご町内同士で集まるような、
温かいざっかけなさ、気取らない感がにじみ出している店内で。
始めたばかりなのだろう、
イラストつきの かき氷のおしながきの真新しさが
油染みの目立つ壁の中で浮いている。
そんな もんじゃ屋さんの座敷席を一つ取り囲み、
平日の昼前という時間帯だというに
いい大人が何人か、いかついお顔を突き合わせ、
何やら深刻そうに相談中という様相でおいで。

 「遠くからじわじわ近づいて来てたんで、
  なかなか気がつかなんだんでしょうねぇ。」

黒いロン毛にトゲトゲのカチューシャを巡らせた、
ジョニデ似の南欧系の外人さんとか、
金髪ぽいパンチパーマに仏様みたいな福耳の、
おっとりした印象のインド系の外人さんとか。
名指しではないのは 素性がまるきり判ってないかららしいが、
それだからにしても、随分と詳細を積み上げた尋ねようで。
どこの誰か、何物かという“素性”を知りたいという捜索なのか、
それとも…何の用でかはともかくとして、
本人自身へ辿り着きたい逢いたいという、もっとダイレクトなそれなのか。
今のところは そのどちらからしいとしか言えぬが、

 『六葩会の一家の手先らしいンすよ』

こそこそと探しているらしいというだけでも怪しいのに、
隣町の同系会若頭の達也兄が得た情報によれば、
選りにも選って、そんな物騒な輩が探っていたというから問題で。
昨日の商店街で、当人たちを見かけたものだからと、
さりげなく張りつきかけてた竜二が拾った意外なネタ、
女子高生くらいの大人しげな子が訊き込みをしていたという話を元に、
自分たちでも あらためて
あちこちでさりげなく聞き耳を立ててみたところ。
夜更けの歓楽街では特に聞けなかったものが、
JR沿線に限った、割とご近所の各駅にて、
昼間日中の駅近く、商店街や それがないなら駅員にまで、
これこれこういう人を見かけなんだかと、
こそこそ訊いてる存在の気配があったという話が拾える拾える。
いかにもな威圧もてとか、威嚇をかけてという訊きようではない、
ちょっとした買い物のついでとか、道を訊くついでのような
何てことない話みたいな訊き方だったため、
訊かれた側には 単なる尋ね人だと思われていたらしいのだが、

 「地味に作ってたらしいが、
  そんでも中には
  “あれは◎◎組の若いのや”と顔を知ってたお人がおりやして。」

 「そうか。」

訊いて回ってるっていうならと、
隣町から始めて、そこから逆に辿る格好を取ったところ、駅前に至り、
そこから沿線の東西それぞれへ当たってみれば、
都内へ向かうほうの各駅の駅前でも
怪しい訊き込みは なされていたらしいと判明。
訊き込みの訊き込みをして来た弟分らからの報告に、
う〜んと渋面を作る竜二へと、

 「実際、何か妙なことではあるよねぇ。」

奥方の静子さんが、
差し出がましいかも知れぬがと思いつつ、
それでも敢えて口を挟んだのは、

 「そんな探しようなんてしてりゃあ、
  近づくにつれて当の本人にだって探されてる気配は届くだろうに。」

アタシらみたいな伝手がなくとも、
もちょっと近づけば、訊かれた人から直接
“こんな人に訊かれたよ”って
“何か心当たりないかい?”って話が、当人へも届くもの。

 「そのせいで、
  先んじて逃げ出されたら元も子もないじゃないか。」

心当たりがなくたって、
気味が悪いと警戒くらいはするだろし、
親戚や友達のところへ避難とかされかねない。

 「わざとに追っ手がかかっているぞと匂わせて、
  じわじわと怖がらせたいのなら、
  地味に作っての訊き込みってのがまた平仄が合わないしねぇ。」

周到だったから こうまで接近して来るまで気づけなんだのだ。
怖がらせたくて…にしては何とも中途半端だしねぇと。
すっかり冷めて堅くなり始めている焼きそばの残骸を、
鉄板から皿へと片付けるように手際よく集めつつ、
妙だよねぇと小首を傾げる姐さんなのへ、

 「けどなあ静子、
  いくら六葩なんて大きい組のモンでも、
  端から端まで お前みたいに頭のいい奴ばかりでもねぇぞ?」

そういうリスクなんて想定しないまま、
しゃにむに捜し回ってるってことかも知れねぇと。
神経質ではない連中のやらかしてる動きかもしれないことを、
むしろ想定しておいでの竜二さんらしく。

 「だからって、
  あんたらが乱暴に訊いて回っちゃあ何にもならないんだよ?」

 「そこは心得てますよぉ。」

ウチの兄貴が仲良ぉなさってるお人への窮地かも知れぬ、
そこは慎重にかかってますとし。
何か変わったことはないかくらいの訊きようで、
あんまり見ない顔が出入りしちゃあないかと訊いてるだけだと、
彼らと向かい合うよになってる舎弟の皆して、
お任せをと頷いて見せてから、

 「駅員辺りじゃ判らないかも知れねぇが、
  長く店屋やってるような、しかも俺らと顔なじみな相手なら、
  よそから怪しい顔が入り込んでないかって訊いてるのが判りましょうし。」

俗にいう“みかじめ料”、
用心棒代をせしめるようなことはしない彼らでもあるので、
中には 気のいい兄ちゃんたちだと気に入ってもらえている場合もあり。
世間話のついでのような訊き込みしかしてはいないと、
口を揃えるお行儀の善さよ。

 「ともあれ、そういう訊き込みの仕方だってこたぁ、
  本人にどっかで逢った奴が
  躍起になって探してるってので間違いなさそうだな。」

特徴描写があまりに詳細なのは、
もしかして 写真が手元にあるほど本人認証は出来ているのかも知れぬ。
だというに名前や今現在の居場所が判らない…という順番に違いなく、

 「ご近所の沿線に絞ってみて判ったんスが、
  あのお二人、結構目立つお人らだから、
  外見を言えば“ああ、あの…”って思い出す人も多いようで。」

なので、

 「足場は立川らしいって判ったほど、
  いよいよ近づきつつあるってんで、
  それこそ 兄ィたちから警戒されないよう、
  大人しげな女の子を繰り出して来たのかもと思ったんですが。」

若い衆の中でも、
人当たりのいいのがあちこち訊き込みに駆け回って判ったのが、

 「そういやぁ、沿線沿いでの訊き込みの中にも
  若い女の子が尋ねてたって声があったんですよね。」

ここいらの女子高生なら、
あの二人の場合“イエスさんっていう人が”って格好で、
名前から入って知ってる順番なんですよね。

 「それってどんな人?
  ああ、写メあるよ、観る?ってノリですかね。」

同じ学校の子でなくても、
繁華街で気があって仲良しになったって子同士の情報交換で、
同じような広まり方をしているようで。

 「なので、
  こういう風貌の人を知りませんかって
  そんな四角い探し方をしている女子高生ってのも、
  実は平仄が合わない存在なんで。」

少なくとも地元近隣じゃあない、
よほど遠くから尋ねて来てるってことになるその上、
同世代のお嬢さんたちへ近づけばあっさり判るのにという
そんな事情にも まるきり通じてはないようで。

 「…すると何かい?
  六葩会関係の筋もんとは別口の
  どっかの女の子もあの二人を探してるってことかい?」

あの二人を巡って一体何か起きているかを探求していたはずが、
却って謎が増えてどうすると 静子さんがつい呆れたものの、

 「ともあれ、兄ィに怪しいもんを近づける訳には行かねぇし、
  何か水面下でなさっているんなら、
  少しでも手をお貸しせにゃあ義理が立たねぇ。」

依然としてどこのどういう組の二代目かは知らないままだが、
六葩会関係なんてところが魔の手を延ばして来るなんて、
これはやっぱり、大御所のところの係累なのには違いない。
そういうのを抜きにしたって、
日頃からも快くお付き合いいただいてる出来たお人らだけに、
得意分野での(?)いざこざだというなら、
手を貸すのが道理でもあろうと、
義理堅い人たちだからこそ、案じてくださってのこの運び。
ここまでの下調べに“陰ながら…”と動いているのは、
他でもないご本人たちが
此処いらでは 表向き“一般人です”という暮らしようをなさっているからで。
何からその身を忍んでらっしゃるかは知らないし、
きっと迷惑がかかると思って黙ってらっしゃるに違いない。
その“事情あり”なところも尊重したくての気遣いが、
不器用なくせに実はセンシティヴなんだからと、

 もうもう あんたったら、とばかり

静子さんをこそり感動させもしたらしいが、
いやまあ それはさておいて。

 「とりあえず、松田ハイツの周辺にも
  怪しまれねぇように張り番つけてます。」

 「ホントに怪しまれないようにだよ?
  聖さんたちまでが怪しまれて
  あすこで暮らしてけなくなっちゃあ意味がない。」

そうですね、その順番だと誰のせいかも微妙ですものね。(う〜ん)
肝が座ってて責任感の強い亭主だからと、
豪胆さでは好きにさせとくが、
それ以外のフォローをぴしりと決める卒のなさが
さすが、兄ィを支える良く出来た姐さんで。

 「ああそれと、七夕祭りの出店の件だけど。」

境内や河原のよに区域が曖昧なそれと違って、
あくまでも商店街が主催の催しだけに、
ダメモトで掛け合ってみたところ。
お店同士が向かい合う、真ん中のメインな通り沿いには出せないが、
そのところどころから路地へと折れる
“辻横”になら構わないと話を取り付けたから、

 「祭りのイベントや他の店屋のメニューかぶらないよう、
  ヨーヨー釣りと、回転焼きや焼きそば以外で頼むよって。」

小さいお子様も多いんだ、悪目立ちしてはいけないよと、
そっちへも念を押す、躾け係のお姐さん。
勿論のこと、そんな姐さんの顔を潰すようなことはしませんと、
押忍といいお返事を返したところで、
今日の作戦会議は〆めとなった皆様ですが…。





     ◇◇



いよいよと迫って来た七夕だが、
それへと文字通りの暗雲を投げかける存在が北上を続けており。

 「ブッダ、七夕って曇りまではセーフなのかなぁ。」

 「どうだろうね。
  やっぱり星が見えなきゃ、
  お祈りは届かないんじゃあないのかな。」

随分と大きなそれへ発達しそうな台風が
じわじわ接近中だとお昼のニュースで言っており。
このままだと七夕にまともに重なりそうな気配だとか。

 「そっかぁ。」

でも織姫と彦星のデートは、曇天くらいなら決行だろうねvvと。
楽しそうに ふふーと微笑って、
ミズナの浅漬けをまぶしたおむすびにぱくつくイエスであり。
人間たちのお願いはともかく、
恋人同士が幸せならいいじゃないと思う辺りが、
何とも彼らしいというところか。
恋人さんのそんな他愛のなさへ、
可愛いなぁと苦笑が洩れたブッダだったが。
そんな風に年上目線で見ていたことに気づかれたものか、
何よぉと ややムムッとし、
口許を尖らせかかったイエスだったのには焦ってしまい。

 「…あ・そうそう。」

何かないかと話題を探して、思い出したのが、

 「今朝ジョギングしてたら、
  ご近所で竜二さんトコの若い人を何人か見かけてね。」

 「え?」

ひとかたまりになってた訳じゃあない、
丁度ブッダのジョギングコースのあちこち、
辻々に何人か、顔を見知ってる人が立っていたらしく、

 「挨拶しよって思って眸を合わせたら、そそくさって顔を背けたから、
  もしかして
  何か重要なことに関わっているところかも知れないなぁって。」

そのときは、ジョギング途中だったこともあり、
気づかなかった振りをした方がいいみたいな空気だったので、
こちらも見なかったことにし、そのまま忘れかけてたのだが。

 「じゅ、重要って例えば?
  諍いとかだったら止めた方がいいのかなぁ。」

イエスが身を乗り出したのへ、

 「私もそこが気掛かりなんだ。」

私たちが余計な口出ししちゃあいけない筋のことかもしれないし、
ああでも、私たちも同業者だと思われてるなら、そこはどうなるんだろうとか。
そもそも争いごとはいけないとしている自分たちなのだから、
ここは説法モードになって言い諭すべきなのか。

 「う〜ん。」
 「困ったものだよねぇ。」

笑い事かどうかも判らぬが、
とりあえず肩をすくめ合って苦笑したところへ、
ピンポ〜ン♪と軽やかにチャイムが鳴って。

 「あ、は〜い。」

のんびり頬張ってたおむすびを、
あとちょっとだったのを幸い、それぞれに大急ぎで平らげつつ、
ブッダが立ち上がって玄関まで向かい、
イエスは卓袱台の上からもろもろをお盆へ降ろしておれば。

 「すいませんね。
  大した話ではないんですが、日曜の七夕のイベントのことで…。」

どっかで聞いたようなお声がして。
ああそういえば、
実行委員の方が“彦星”候補の相談に来るやも知れないと言ってたなぁと、
イエスがぼんやり思い出してたことが大当たり。
なに、ただ浴衣姿の織姫候補の手を取って、
壇上の真ん中までご一緒してくれるだけでいいんでと、
それはあっさりした説明だったのへ。
まま、その程度でいいなら断る理由もないかななんて、
そおっとお顔を見合わせて、
やっぱり苦笑をしちゃった最聖のお二人だったようでした。

 「…あ、そうだ。
  私たちも浴衣を着たほうが良いんじゃないかな。」

良いこと思いついたと、いい笑顔になったイエス様だったのへ、

 「そうだね、出しとこうね。」

去年 誂えた、そりゃあ良いのがあるものねと、
ブッダ様も嬉しそうに笑い返して。
ちょっぴり困った運びになりそうかもと案じていたのもどこへやら、
イベントは やっぱり楽しまなきゃと、
実行委員の方が置いてったコンテストの式次第、
どれどれと眺め始める 昼下がりだったようでございます。








       お題 6 『オムライスは得意』



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  *あああ、やっぱり七夕に追い抜かれてしまいましたよ。
   曇りはセーフかという会話は、私と母とで交わしていたもので、
   いい歳したおばさん二人で
   なかなかロマンチックなことでしょう?(笑)

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